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鹿島、J最速1000点!ジーコから始まり岩政決めた!…J1第8節

鹿島アントラーズ

 ◆J1第8節 鹿島1−0神戸(29日・カシマ) 鹿島がJリーグ初の通算1000得点を記録した。神戸戦の前半1分、DF岩政大樹(27)がヘディングで記念のゴール。Jリーグ開幕の93年5月16日の名古屋戦でジーコ(現CSKAモスクワ監督)が初ゴールを決めてから通算552試合目での大台到達となった。岩政が挙げた1点を守りきって3試合ぶりの勝利。清水と引き分けた浦和から、首位の座を奪い返した。

 強い星の下に生まれた男が、メモリアル弾をたたき込んだ。

前半1分、MF野沢の右CK。DF岩政が「タク(野沢)とあそこを狙ってみよう」と話していたニアサイドに走り込む。相手DFの一歩先を行く動き出しでマークを外すと、ジャンプ一番。狙いすましたヘディングシュートで、ゴール右隅に突き刺した。

 Jリーグ初の通算1000得点目。だが、「決めた時は忘れていた」と小さくガッツポーズを浮かべただけ。大型画面に大きく「1000GOAL」と映し出されたが、それにも気づかず「僕はDF。たとえゴールを決めたとしても、その直後にはすぐに守備のことを考えている」という信念から、喜ぶのもそこそこに後方へと下がった。

 「運」を味方につけてきた。瀬戸内海に浮かぶ山口県東南部の周防大島出身。当時、島の中学にはサッカー部がなかったが、小学6年生のときに岩政らが「サッカーをやる場が欲しい」という声を上げると島民が一致団結して資金を集め、島に初めてのサッカークラブが誕生。プロへの道がつながった。

 東京学芸大には一般入試で入学。教員になろうとサッカーはやめるつもりでいたが、岩国高最後の大会をけがで棒に振り「サッカーをやり足りない」と門をたたいた。その年だけ入部希望者が多かったためセレクションが行われたが、岩政はけがで免除。いつの間にか部員になっていた。母・英子さんは「巡り合わせとか、すごく運がある。大学も、けがをしてなかったら落ちていたと思う」と明かす。

 これが通算21得点目。秋田豊氏(現京都コーチ)が鹿島時代に記録した20得点のクラブDF記録を上回った。「秋田さんの記録を少しずつ超えていけるように、ひとつずつ頑張る。この数字はすごく意識していた。こういう数字で超えていかないと、周囲は違った目で見てくれない」。地味に見られがちな男が意地で決めた記念ゴールだった。

 クラブの第1号ゴールは93年のジーコ。お年玉をためて買った鹿島の「10番」(ジーコ)のユニホームを着て、テレビで“神様”のプレーを「興奮しながら見ていた」という少年が、16年の時を経て1000得点目を刻んだ。「1000得点は試合中に思い出して、僕も少しは(運を)持っているなと思った」。チームは首位に再浮上。「努力の人」が、ここぞのときに運の強さを見せた。

 ◆岩政 大樹(いわまさ・だいき)1982年1月30日、山口・周防大島町生まれ。27歳。進学校の岩国高から一般入試で東京学芸大に進学。在学中に数学の教員免許を取得。2004年に鹿島入団。高さと強さが武器のJ屈指のセンターバック。07年、DFとしてJタイ記録の4試合連続得点をマーク。07、08年にJベスト11。Jリーグ通算153試合出場、21得点。08年に日本代表に初選出されたが、試合出場はなし。家族は今年1月に結婚した妻。187センチ、85キロ。
(引用:livedoorスポーツ)

テーマ : 鹿島アントラーズ - ジャンル : スポーツ

Tag : 鹿島アントラーズ 岩政大樹

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