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浦和赤っ恥!地域リーグ・松本山雅に初戦敗退、J1勢初の屈辱で監督解任危機…天皇杯

浦和レッズ

 ◆天皇杯2回戦 松本山雅FC2―0浦和(11日・松本平広域公園総合球技場)  赤い悪魔が地に落ちた。天皇杯2回戦から登場した浦和は11日、カテゴリーが3つ下の北信越リーグ1部・松本山雅FCに0―2で完敗した。J1勢が地域リーグのチームに敗れるのは史上初のこと。2年連続の無冠が決定的になり、試合後はサポーターが約1時間スタジアムに居残り、信藤健仁チームダイレクター(TD)をつるし上げた。この屈辱的敗戦で、続投が基本線だったフォルカー・フィンケ監督(61)の進退も流動的となった。

 松本の地で、たまっていたマグマが噴出した。

試合後の選手に、スタンドからの大ブーイングが突き刺さった。ペットボトルが乱れ飛び、水がばらまかれる。アマチュアに負けた。それもJ2の下のJFLのそのまた下の北信越リーグの4位チームに…。リーグ戦7連敗時も抑えていたサポーターの怒りが臨界点を超えた。

 約200人がスタンドに居座り、信藤TDを呼び出した。「レッズは強くないとダメなんだ。去年、今年と辛抱してもう流す涙もない」。1時間に及ぶ魂の叫び。「方向性も定まらずにパスを回すだけのサッカーをしていたら、みんな愛想を尽かすよ」。監督解任要求とも取れる怒号が飛んだ。

 前半12分、右サイドからのロングフィード一発でFW柿本に裏を取られ、ループで先制を許した。後半27分にはMF原口が右サイドの1対1で抜かれ、クロスのこぼれ球を決められた。個人技でゴリゴリ押すだけでゴールは割れずに完封負け。J1が地域リーグに敗れるのは、天皇杯史上初めての屈辱だった。

 松本山雅FCの年間予算は約9000万円と浦和の約80分の1。スタメンのうち4人は働きながらプレー。1得点1アシストの阿部はスーパーで棚の陳列をして生計を立てている。日本代表の闘莉王、阿部は欠場したが、浦和はポンテ、エジミウソンに日本代表経験者7人。許されない敗戦だった。

 この日は浦和レディースがなでしこリーグ初優勝。だが、優勝会見後の橋本社長は「重い敗戦」と笑顔はなかった。これまではフィンケ監督の来季続投を基本線としてきたが、「クラブハウスに顔を出して、本当に監督と選手に一体感があるか、この目で見たい。一戦一戦、いい方向なのか見極める」と明言。11月中旬までの結果、内容を見て去就を判断するという。フィンケ監督は敗戦後、「この一戦で来季に向けてさまざまな情報を得ることができた」と語ったが、進退は一気に流動的になった。

 ある主力選手は「フロントも監督も選手も、すべての関係がうまくいっていないのは分かっている。(監督去就は)決めるなら早く決めてほしい」と空中分解間近であることを明かした。常勝軍団のプライドが粉々に砕けたこの日、レッズはさらなる混迷に足を踏み入れた。

 ◆天皇杯J1の対アマ初戦負け J1のチームが天皇杯初戦でアマチュアチームに負けるのは、各都道府県大会を勝ち抜いたチームが参加できるようになった96年度(第76回)以降では浦和がのべ13チーム目。だが、過去の12チームはいずれも当時JFL所属のチームに敗れており、地域リーグ所属のチームに敗れたのは史上初の屈辱となった。また、浦和は93年のJ開幕以来、公式戦でアマチームに敗れたことがなく、対アマ初黒星をマーク。不名誉な記録を残してしまった。

 ◆松本山雅(まつもとやまが)FC 1965年設立。ホームタウンは長野・松本市。ホームスタジアムは松本平広域公園総合球技場。監督は吉沢英生氏。所属選手は24人。「山雅」は設立当初、選手がよく通っていた喫茶店の名前に由来する。75年の北信越リーグの発足時から参加し、優勝2回、準優勝3回、3位3回。2004年にJリーグ入りを宣言し、本格強化。元Jリーガーらプロ契約選手も加入した。08年の前回大会でも天皇杯3回戦でJ2湘南をPK戦の末に破った。GMは元ヴェルディ川崎の加藤善之氏。今季は北信越リーグ4位。GK信藤健太は、浦和の信藤TDの子ども。
(引用:livedoorスポーツ)

松本山雅FC良くやりましたね~

Tag : 浦和レッズ 天皇杯 松本山雅FC

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